母子家庭だけど強いよおかんは!そんな母子家庭で育った俺。
俺は親父がいない。おかんと妹の3人で暮らしてきた。いわゆる母子家庭。ちょうど中学2年に上がる頃、うちの親は離婚をした。
その頃を思い出しても、親父に対していい印象がなく、ほとんど記憶にも無い。親父が俺ら兄妹に対して、またおかんに暴力を振るうといった事は無かったが、 めちゃくちゃだらしなかった記憶だけがある。そんな親父をみかねて、親父と喧嘩もした。
おかんが俺に言うんだ、「離婚しようと思っている、母子家庭になるけどそれでもいい」と・・・。俺は、反対しなかった。それよりも、 賛成だったが母子家庭の意味がよく判らなかった。あの頃は母子家庭って、何。
その後、狭いアパートにおかんと妹と俺の3人暮らしがスタートした。母子家庭での生活が始まる。以外に、母子家庭になった事でみんな明るくなったような気がする。
離婚は協議離婚だったらしく、詳しくは聞いていないが結構時間がかかったらしい。それに、おかんは高校を卒業するまで親父の姓を名乗りなさいとも言われた。 たぶん、俺ら兄妹は中学と小学という事もあり、母子家庭を理由にいじめられるのではと、俺たちの事を思って言ってくれたのだと思う。
でも、気づく奴は気づくんだよな、あいつんち、母子家庭だってよって。
母子家庭を理由にいじめられた事もある。いじめられてへこんだ事はなかったが、なぜ母子家庭が悪い事なのか、母子家庭を理由になぜいじめられるのかが判らなかった。 母子家庭のどこが悪いんだ!一生懸命生きているんだよ。ただ、そいつらが思っているものさしの長さが違っていたからだと思うが、そのたんびによく喧嘩をしていた。
俺自身は、母子家庭を理由に荒れる事は無かった。ただ、何となくだけど母子家庭を理由に意味も判らなずいじめてきた奴らを、母子家庭を理由に馬鹿にした奴らを見返してやりたい。それだけだった。
高校の頃は、学校自体が全面的にバイトを認めていなかったが、部活に参加した俺は部活にはお金が掛かるし、母子家庭だからおかんに負担をかけたくなかったので、 小遣いと部活の道具などの費用は自分で何とかしようと、 おかんには許可をもらってバイトをしていた。
両立できるのか、俺自身少し自信がなかったが、やるしかないんだよね。母子家庭を理由に、役に立たない奴だとか言われたくなかったし。
ある時、ちょっとまが差して事件をおこしてしまった。高校の頃だったかな。母子家庭と事件は、この場合無関係で事件自体もたいした事が無いんだが、警察沙汰になってしまった。 おかんも警察に呼び出されて、警察官に頭を下げていた。ある警察官から、母子家庭だからといって世間に負けたらあかんぞと帰る間際に言われた。あの頃何かあるたびに、母子家庭というものがつきまとう。
俺は、無言でその警察官に深々と頭を下げ、改めて心に誓った。「おかん、すまん」
学校へはバレずに済んだが、家裁へ行かなければならなかった。おかんは俺に一言、「やってしまったものはしょうがないが、もうするんじゃないよ」とだけ言った。
うちのおかんっていうのは、俺ら兄妹を子供として子供扱いして接する事が無かった。また、勧奨する事も無く自由にさせてくれた。母子家庭になったからではなく、それ以前から。人に迷惑をかけない事と、 贅沢したければ自分の力で勝取り贅沢しなさいと、必要以上の事は語らなかったが、母子家庭でなかった頃からも遠くから見守ってくれている感じがいつもしていた。
母子家庭になって、人に迷惑をかける事だけは避けたかったのだが・・・。
それがあったにも関わらず、何事も無かったように普通に接してくれた。おかん。今考えてみると、おかんは母子家庭だろうがなんだろうが、辛いという事を表に出さないし、 表情にも表さなかったな。母子家庭でも堂々としていたな。
改めておかんが大きく思えた。母子家庭でも母強し。母子家庭だったからか、俺自身も何となくだけどそれなりに母子家庭のおかげで逞しくさせて頂きました。
おかんは、今でも尊敬しています。
もし、母子家庭じゃなかったら、どんな人生をおくっていただろう・・・。